舞台裏のプロフェッショナル「道頓堀よ、泣かせてくれ! DOCUMENTARY of NMB48」舩橋淳監督

舞台裏のプロフェッショナル 「道頓堀よ、泣かせてくれ! DOCUMENTARY of NMB48」舩橋淳監督

PHOTO=古賀良郎 INTERVIEW=犬飼華

大阪のオンナたちの光と影

――いよいよ公開が間近に迫ってきましたが、今の心境はいかがですか?

舩橋「長い時間をかけて撮影したので、いよいよだなという心境です。映画って公開後は違う生き物になるので、どんな反応をいただけるのか、とても楽しみです」。

――まずは監督を任されることになったきっかけから教えてください。

舩橋「秋元康さんが『ハードなドキュメンタリーをやっている監督を探している』ということで、僕に白羽の矢が立ったようです。僕としてはプロフィールをお渡ししただけだったので、実際にどういう選考が行われたかということまではわかりません」。

――8か月間密着したそうですが、NMB48というグループは監督の目にはどう映りましたか?

舩橋「僕は自分の知らない世界に入りこみ、カメラを回すのが好きで、これまでもそうしてきました。そういう時はなるべく予備知識や偏見を持たないように心がけるのですが、今回は違いました。アイドル業界に対して一歩引いて見ていたし、興味もありませんでした。正直、偏見を持っていました。そこで、このお話をいただいた時に、お受けするかどうか迷いました。なにしろAKB48のメンバーだって顔と名前が一致するのは数人しかいませんでしたから。そこで、まずは調べてみようと思いました。試しにNMB48の公式サイトにある『YNN』(多くのメンバーが出演するコンテンツ)を観てみたら、これが面白かったんですよ。女のコたちの掛け合いに、僕もゲラゲラ笑いながら観ていました。こんな面白いコたちだったら愛せるんじゃないかと思ったんですね。ドキュメンタリーを撮る時に必要な要素がいくつかあるんですが、まずは被写体に対する愛情がないといけないんです」。

――そこはクリアできるな、と。

舩橋「はい。彼女たちを否定的に描くなら撮ってはいけないと思っていました。しかし、まっすぐで面白そうな女のコたちだなと直感したので、これは撮影対象として愛せると思った。だからオファーをお受けすることにしたんです」。


――実際に撮影がスタートして、いかがでしたか?

舩橋「まず驚いたのが、彼女たちの着替え部屋以外は全部アクセスOKだったことです(笑)。そこで、楽屋裏をずっと見ることになるわけですが、怒られて泣いているコがいたりするわけで、この世界の表と裏、つまり光と影が浮かび上がってきました。舞台裏で大変な思いをしているからこそ、表舞台でキラキラ輝いていられるんだな、と。よくメンバーたちが『キラキラしている』という形容詞を使いますが、それは『ただかわいいから』というだけの理由じゃないんです。メンバーは裏で膨大な努力をしていて、切り立った崖の上でぎりぎり立っているかのような危機感がある。生き残るには100%どころか180%の力を出すしかない場所に追いつめられている。だからこそ、死ぬ直前のホタルのようにキラキラと輝くのでは、と思うようになりました」。

――危機感、ですか。

舩橋「なぜかというと、アイドルをやることでまず学歴を諦めなければいけない。大学進学は難しいし(もちろん例外はあります)、高校も通信制が多い。恋愛禁止だし、放課後のクラブ活動や友達との時間など、十代の若者のごく普通の楽しみと、人生でやりたいことを探る時間が奪われる。後戻りができない世界に足を踏み入れるわけです。もしかしたら芽が出なくて20歳前後で見切りをつけることになるかもしれない。そうなったら、残りの人生の選択肢は限られてくる」。


――たしかにそうですね。

舩橋「撮影する中で、アイドルは背後に奈落の底がある世界で生きているんだなという認識を持つようになりました。そんな彼女たちを描くには、取り巻く環境を映すしかない。どんな厳しい競争社会で生きているのか。それは、親御さんやファンの人たちも含めて、です。何人かの親御さんを取材させていただきましたが、やっぱり一歩引いた目で見ている方が多いんです。『モノにならなかったら、人生大変なことになるんだよ』と。でも、それはアイドルに限ったことではなく、プロ野球やサッカーだって同じことです。野球選手はもし芽が出なかったら、その周辺で仕事をしているなんてことがよくありますが、それと変わらない、過酷な生存競争を生きているんだなと感じました。それがアイドルのジレンマです。このジレンマを観ている方に体験していただきたい、と」。

――48グループには、推しメンのジレンマを共有しているファンが多いと思います。

舩橋「辞めるかどうかの瀬戸際に立っていたり、自分の能力に限界を感じていたりする女の子の、極めて現実的な悩みと焦燥を作品に含めたいと思った。そういうシーンを観ると、推しメンをサポートする気持ちが変わると思うんです。それは、秋元さんが「会いに行けるアイドル」というコンセプトでAKB48を始めたことでそうなったんでしょうね」。


――メンバーとファンとの関係性は、監督には新鮮に映ったと思います。

舩橋「握手会を何度か取材しましたが、ものすごくパーソナルで濃密な世界でした。これはもう〝恋愛″だなと思いました。しかも、山本(彩)さんなんて1日に3000人近くと握手するわけです。僕だったら、20~30人と話したら、くたくたになりますよ。僕の想像を超えていましたね。ひとりひとりのファンは全力で来るわけですから、それに応えているとものすごく体力を使う。握手会後のメンバーはランナーズハイ状態です。一言こちらが話を振ると、一気にまくしたてるように返してくるんです。話さずにはいられない状態になっている。『誰か私を止めて』みたいな(笑)。コンサートだってそうです。泣く泣くカットしたんですが、コンサートの最中、メンバーがステージの下でスタンバイしている瞬間があるじゃないですか。これからまさにステージに上がるという寸前ですね。そこで話を聞くと、『これから未体験ゾーンに突入します!』なんて答えが返ってくる。1日に何十曲も踊るわけですから、体力の限界を超えている。そのコもこれから自分がどうなるかわからない。ものすごくハードな毎日を送っているんだなと。人生を4~5倍速で駆け抜ける〝早送り人生″ですよ」。

――監督からすると、異世界に見えたかもしれません。

舩橋「僕はこの映画で、NMB48のことを知らない人が観ても『いいな』と思ってもらえるものになるのでは、と思いました。というのは、この撮影自体が、外部者である僕らクルーがNMB48のことを学び、メンバーと仲良くなり、好きになってゆくドキュメントでもあるからです。初期段階で秋元さんに『外部の目線から見た映画になりますが、それでもいいですか?』と尋ねたんです。どれだけ密着しても、知識量で追いつけるはずはないですから。たとえば、チームMの公演を初めて観た時には鳥肌が立ったんです。『らしくない』という曲のサビで、メンバーが一斉に前に出てきたんですね。その物量エネルギーといいますか、踊りと歌と肉体が迫ってくる感じがすごいな、と。何も知らない自分でもすごいと思うんだから、他の人だってそう感じるはずだと思いました。そういう感覚を大事にして編集しました。だから、コアなファンの方からすると物足りないかもしれません。ですが、決して『浅い』ということはないと思います。彼女たちの背後にある世界を包括的に描くと、彼女たちの本音、素顔が浮き上がってきます。それはファンの方も感じ取れるはずです」。

――ドキュメンタリーで大事なのは、被写体がどこまで心を許してくれるかだと思いますが、メンバーが心を開いてくれたという実感はありますか?

舩橋「いや、まだ開いていないかもしれません。僕なんてオッサンですし(笑)。8か月一緒にいたぐらいで、しっかりと心情を語ってくれましたなんて言うのは傲慢な気がします。自分のカミさんだって本音を言っているかどうか、わかりませんから(笑)。といっても、彼女たちを取り囲む環境を考えると、これは本当に思っているんだろうなと、あくまで僕の主観ではありますが、それが客観にもつながっているんじゃないかと思える瞬間を束ねてあります。たとえば、山本さんが総選挙の速報発表中に涙する場面。彼女は、発表が終わって、劇場にお客さんがいなくなってからも楽屋で怒っていました。あれは真実味がありました」。

――怒りというと、何への怒りなんでしょう?

舩橋「『わたしらこれからどうすりゃええねん』という怒りでしょうね。実は、その後もカメラを回していたんですが、『ここはちょっと……』って止められました。山本さんは本心からNMB48を持ちあげたいんだなと伝わってきました。あれはマジだったと思います」。


――総選挙の話でいえば、ファンがいかに真剣に総選挙のことを考えているかがわかるシーンも映されていました。

舩橋「僕は、なぜファンの人がメンバーを支えようとしているのかを知りたかった。社会には総選挙への偏見が渦巻いていると思います。僕にもそれがなかったとは言えない。ところが、話してみると社会人の方も多く、常識的な人ばかりだったんです。僕はファンの方の人間性を知りたかったので、『なんでこんなに投票するんですか?』と聞きました。すると、『あんたはわかっていない』と、その理由を率直に答えてくれました。『矛盾や問題があることは分かっている。それでも、僕らは何かを変えたいんだ。』と。矛盾を飲み込んでまでして、闘わないといけないという決断をしていたんです。それを描くことも僕の役割だと思いました」。

――編集中、気を遣ったことはありますか?

舩橋「全体のバランスです。一番上にいる人、グイグイ上がってきた人、辞めようとしている人……。そういう観点で誰をクローズアップするかを絞っていったので、どうしても描き切れないメンバーが出てきてしまうのは申し訳ないと思っています。何人かに光を当てましたが、そのコたちの背後に同じような思いをしているメンバーがいるということを想像していただきたいです。人気が高くて、あまり映っていないコがいたとしても、それはやはり全体を描くというのが僕の主眼なので、どうしても優先順位が低くなってしまうということです。人気順に描いてしまうと、プロモーション・ビデオになってしまいますから」。


――そうですね。ずっと密着していると、感情移入してしまうコもいたのでは?

舩橋「それはまったくありません。ラブストーリーのフィクションであれば主人公が輝くように考えて撮りますが、この映画ではみな平等です。トップで闘い続ける山本さんも、卒業で別の人生を選択した河野早紀さんも同じように輝いて見えれば、と思っています」。

――とはいえ、監督の優しさは伝わってきました。

舩橋「ありがとうございます」。

――「道頓堀よ、泣かせてくれ!」というタイトルですが、道頓堀って監督のことじゃないかと思いました(笑)。撮影カメラはメンバーの涙をたくさんすくい上げてきたわけですから。

舩橋「ハハハ、なるほどね。たしかにメンバーの涙はたくさん見ましたね」。


――最後になりますが、今後もNMB48のことを撮りたいと思いましたか?

舩橋「はい。機会があればやってみたいです。密着していた印象えすが、演技が上手なコが多いなと思ったので、次はフィクションでやってみたいです。脚本には木下百花さんに入ってもらって(笑)。彼女は面白いですよね。この映画で残念なことは、彼女を入れられなかったことです。それはたまたま撮影期間と彼女がお休みしている期間が重なってしまったからなんですが、そうじゃなかったら映画の主軸のひとりになっていたと思いますよ」。


舩橋淳(ふなはし・あつし)

生年月日:1974年
出身地:大阪府
血液型:B型

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映画監督・脚本家。東京大学教養学部を卒業したのち、ニューヨークで映画を学ぶ。
映画「ビッグ・リバー」(オダギリジョー主演、2005年)をはじめ、
2012年に福島県双葉町の原発避難に9ヵ月間密着したドキュメンタリー映画「フタバから遠く離れて」、臼田あさ美主演の劇映画「桜並木の満開の下に」を相次いで公開。世界三大映画祭の一つベルリン国際映画祭に5作品連続で正式招待を受ける。そして、今回は畑違いのアイドルドキュメンタリー映画を初監督。「道頓堀よ、泣かせてくれ! DOCUMENTARY of NMB48」が1月29日(金)に公開。

詳しい情報は「道頓堀よ、泣かせてくれ! DOCUMENTARY of NMB48」公式HP