マルチフェイスな松岡茉優の原点

オールラウンドの脇役志向から
心を揺り動かす演技を続けて

 演技力があるか、ないか。その基準は素人にはわからない。ただ、自分のなかで物差しにしていることはある。演技を観て、自分の気持ちの天秤がどれだけ傾くか。大きく傾かされた人は演技力がある……ということにしている。
 その私的な基準に沿うと、最も演技力の高い若手女優は松岡茉優、となる。彼女のほぼすべてのドラマ、映画に天秤が傾く場面があった。特に大きく傾いたのは今年1月から放送された「問題のあるレストラン」(フジテレビ系)での、対人恐怖症のシェフ・雨木千佳役。
 千佳は女グセの悪い父親が家を出てから7年も引きこもりとなり、中学にも行かなかった。実は母親が心を病んで「死にたい」と口走っていて、目を離さないため、ずっと家にいたのだった。料理の腕も、食事を取らず痩せていく母親に何とか食べさせようとして、磨いたもの。なのに、母親は彼女を置いて家を出たのだった。
 久々に会うことになり「また一緒に暮らせるかも」と期待していたら、再婚すると告げられる。行き場をなくし、飛び出してきたレストランに戻り、スタッフに八つ当たりで怒りをぶつけた後、静かに、しかし猛然と料理を作り始めた。作りながら涙を流していた。母親のために泣いて料理を作った幼い日々を思い出して。そこまで尽くした母親が自分から去っていく悲しみに震えて。観ていて目頭が熱くなった。今思い出すだけでもまた……。
 そんなふうに天秤が大きく傾くこともあれば、一瞬の表情に鋭く傾くこともある。現在放送中で産婦人科の研修医を演じる「コウノドリ」(TBS系 毎週金曜日22:00~)でもあった。切迫流産に繋がる陣痛に、母体の安全を優先するか、あらゆるリスクを覚悟で帝王切開するか。苦しむ母親に「先生はどう思いますか? 医者ではなく1人の人間として」と問われ、困惑しながら「両方助けたいです! 赤ちゃんを諦めたくないです!」と訴えた場面。毅然としつつ泣き顔になって決意したのがグッときた。
 松岡茉優のことは、自分はかなり以前から気にしていた。などと書くと、目利きを気取る業界オヤジみたいでイヤなのだが、彼女に関しては本当だ。「あまちゃん」(NHK)の遥か前から、執筆したコラムの簡単な筆者プロフィールに「気になる女優は松岡茉優」と書いていました。やっぱ自慢かよ。といっても、最初は女優として注目したわけではなかった。
 初めて取材したのは7年前。中2の彼女が「おはスタ」(テレビ東京系)のおはガールとして本格デビューした頃。インタビューしたら、しゃべる、しゃべる! ブワーッとノンストップで、記事3本分ぐらいの取れ高に。そのなかで、もともと先に子役としてスカウトされた妹の松岡日菜の“ついで”で事務所に入ったこと、家に仕事関係のファックスが来るたび、「ブブブブってプリント中からじーっと見ていて『日菜かな、茉優かな……また日菜だ』」という悔しい日々が続いたことも話してくれた。
 とにかく、最初は「面白い子だな」との印象。現在、女優業の一方でバラエティでも良い味を出して、小島瑠璃子に「さんまのまんま」(フジテレビ系)で「松岡さんに(ポジションを獲られないか)怯えてます」と言わしめる片鱗があった。
 女優として最初に大きなインパクトを感じたのは、2012年の映画「桐島、部活やめるってよ」。女子4人組のなかでギャルっぽい役。チャラチャラして、部活を頑張る友だちを「楽しいの?」と小バカにする。学校一の美人と親友で、長身イケメン男子とつき合っているのも、自分のステイタスのため。彼氏に想いを寄せる女子に見せつけて、濃厚なキスをしたり。
 イヤな感じの子だが、そのイヤな感じがリアルに滲み出ていて、しかも彼女自身のイメージとは正反対だから驚いた。学校のギャル集団を観察し、しゃべり方や携帯のいじり方、ガムをクチャクチャ噛む感じなどを役に活かしたそうだ。リハーサル期間から、家でも目が釣り上がってピリピリしていたらしく、「お母さんに『近づかないで!』と言われました」とも話していた。
 当時の彼女の発言でビックリしたのは、目標が八嶋智人だという。「どんな役も演じられて、八嶋さんが出ていたら面白いという安心感がありますよね」。そうだけど、その頃の10代女優から目標としてよく出たのは、彼女の事務所の先輩でもある宮﨑あおいとか、綾瀬はるかとか、石原さとみとか。「目指す位置は八嶋さん。縁の下でもいなくちゃいけない、求められる人になれたら」とは。
 彼女なりの自己分析があったのだろう。松岡茉優は“美少女”ではなかった。もちろん一般人と比べれば十二分に可愛いが、あり得ないほどの美女がゴロゴロしているのが芸能界。ドラマで主役を張るのも、ほぼ美人女優だ。そこで競うのでなく、目指すポジションを探ったのだろう。
 そんなクレバーさも含め、松岡茉優に惹かれた。脇役路線で地味に頑張っていくのを応援したいと思った。しかし、あれから3年。今の彼女は引っ張りダコで、“地味”どころの話ではない。CMにもNTT東日本、リクルート「フロム・エー ナビ」、花王「ビオレ」などと出ている。「応援したい」など無用だったな。いや、たくさんの人にそう思わせた結果か。1コ1コの役で観る者の心を揺らして。書けと言われたら、そのすべての役について書けるくらい、どれも胸に焼き付いている。
 連ドラでも「限界集落株式会社」(NHK)ではヒロイン、「She」(フジテレビ系)では主役を演じた。「女性版の八嶋智人」という彼女の目標は引っ込めざるを得なくなるかもしれない。主役級もやっていく、という意味で。
 そして、「コウノドリ」など最近の松岡茉優を観ていると、美しいとも感じる。造形的なことでなく、役の人生を女優として輝かせている眩しさというか。演じているときの彼女の美しさは、どんな美人女優にも勝っている。

ライター・旅人 斉藤貴志