青春の記憶と一瞬の恋のパラレルワールド~映画「orange」に土屋太鳳が焼き付けたもの~

 “自然体の演技”とは役者に対する誉め言葉として使われるが、演技とは日常や想像を反復する行為で、基本的に自然にはできない。
 「海街diary」の是枝裕和監督は主人公の四姉妹のうち、演技経験の少なかった広瀬すずには台本を渡さず、現場で台詞を伝えて立ち回らせる手法を取ったという。これはカンヌ国際映画祭で柳楽優弥が日本人初の主演男優賞を受賞した「誰も知らない」以来の、是枝流の演出方法だ。主に子役に対しての。
 その意図は“演技”をさせないことで自然体を撮るというもの。「海街diary」では広瀬すずの“今”だけの瑞々しいきらめきがスクリーンに残された。キャリアを重ね、この自然体を意識的に反復できれば“名優”と呼ばれるようになる。
 キャリアは中2からで、まだ8年の土屋太鳳が主演した映画「orange-オレンジ-」がヒットしている。舞台は長野県松本市。高2の始業式の日、高宮菜穂(土屋)の元に一通の手紙が届く。10年後の自分から。書かれていた内容は、東京から成瀬翔(かける)という転校生が来ること、菜穂が翔を好きになること、そして、1年後に翔は死んでいること。「その未来を変えてほしい」と、これから起きる出来事が綴られていた。いたずらかと思った菜穂だが、手紙に書かれていたことが次々と現実に起きて……。
 ファンタジックな青春ラブストーリーは、菜穂の視点から描かれていく。中盤過ぎと最後にクラスの仲間6人の友情エピソードが入るが、他は8割方、菜穂の翔に対する揺れ動く気持ちがストーリーとなった映画。土屋がアップになるカットも多い。
 菜穂は自分に自信がない奥手な子で、誰かに発する台詞は少なめ。だが、グループの端で翔を見つめる目線にも、「気になる」と言われて浮かべた驚きとはにかみの混ざった表情からも、ときめきが伝わってきた。というより、彼女の鼓動が自分の鼓動とシンクロするぐらい引き込まれた。球技大会中に翔の隣りに座る。意を決して作ってきた弁当を翔に手渡す。自然体、と感じる隙もないほどの自然体。同じ学校でクラスメイトの女の子を見ているようだった。
 それだけに、胸が熱くなった映画ながら、途中たびたびイラッともした。菜穂の心の声をいちいちナレーションで入れすぎ。そんな説明がなくても、菜穂の気持ちは土屋の演技だけで十分伝わっているのだから。
 クライマックスでも、他の仲間たちが翔に熱い言葉を掛けるなか、菜穂は両手で口を抑えて涙ぐむだけ。それでも一番強い想いが滲み出ていた。土屋太鳳はそういう女優だ。自然体を何気なく反復してリアルを生む。
 何より驚いたのは2人で夏祭りに行くシーン。浴衣姿で髪飾りを翔にさり気なく「かわいい」と言われ、照れた表情の初々しさときたら! 初々しさは最も反復が難しいはず。土屋だって実際は2月で21歳だ。なのに、女子高生の菜穂がたぶん初めての恋にときめいているのが、一瞬で見て取れた。
 ただ、こうした“分析”は後から取ってつけたもの。観ている間はただただ菜穂=土屋太鳳に見惚れていた。翔に恋する菜穂を見て、自分が菜穂に恋してしまったよう。などと書くのも気恥ずかしいが、「orange-オレンジ-」を観ていた間、自分のなかで芽生えた感情は、一瞬の“恋”と言うのが最も正確な気がする。気持ちが同級生になっていて。
 映画館の客席には、劇中の菜穂らと同じ現役女子高生が多かった。上映中、涙したのか鼻をすする音も随所で聞こえた。エンドロールが流れて灯りがつけば、ただの中年に戻る自分と違い、映画の世界と地続きな日々を過ごす彼女たちがうらやましく思えた。
 自分もあの頃は楽しかったが、文化祭の後夜祭に彼女と2人で花火を見たことも、仲間たちとオレンジの夕やけを見たこともない。そして、もうあの日々には帰れない。けど、土屋太鳳の演じた「orange-オレンジ-」の数々のシーンが、リアルな記憶のように焼き付いた。映画を観たのか、ありし日の夢を見ていたのか。パラレルワールドでの自分の青春には土屋太鳳がいる。そんな気がしていた。

ライター・旅人 斉藤貴志