森川葵のステルス攻撃

外見も内面も変幻自在に役と同化
本人の印象を消して存在感を残す

 男女6人の群像劇「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」(フジテレビ系)で森川葵を観て、「またやられた」と思った。ついニヤッと笑ってしまう気分で。
 今回彼女が演じる市村小夏は男性主人公の曽田練(高良健吾)の幼なじみで、福島からデザイナーを目指して上京してきた。役ごとに坊主頭や金髪まで髪形を変える森川だが、今回登場したときは七三分けの素朴なショート。髪や言葉だけでなく、いかにも“田舎から出てきました”風のたたずまいが漂っていた。本当に役ごとに変わる彼女に感服しつつ、「今度はこう来たか」と何だか面白くなってしまったのだ(3話で美容院に行き都会っぽい前髪を作ったが)。
 最近だけでも出演作が相次いでいる。「テディ・ゴー!」(フジテレビ系)では23歳のフリーター役(髪形は外ハネのショート)で、殉職した刑事が憑依したクマの編みぐるみとコミカルな掛け合いを見せ、「監獄学園-プリズンスクール-」(TBS系)では高校の裏生徒会の書記(金髪のぱっつんボブ)。投獄した男子生徒に暴力的なお仕置きをして、尿をかけようとパンツを脱ぐシーンも思い切りよく演じた。
 さらに「ポカリスエット イオンウォーター」CMでは、新人OLに扮し(耳を出したベリーショート)、ひたむきさを出している。今回の「いつかこの恋を~」も含め、知らないで観たら同一人物と気づかず、すべて別人と思うかもしれない。
 自分も最初に彼女に注目したのは、深夜ながら連ドラ初出演にして知念侑季(Hey!Say!Jump)の相手役を務めた2012年の「スプラウト」(日本テレビ系)で、そのときはアイドル的にかわいくて瑞々しい女の子だと思った。黒目の大きな瞳とプクッとした唇が印象的で。あと、短パン姿に萌えました(笑)。
 そしたら主演映画「チョコリエッタ」では丸刈りにして、同じ時期に撮ったのか「渇き。」では坊主頭をピンクに染め、「おんなのこきらい」ではロングになったり、ドラマ「硝子の葦」(WOWOW)では金髪だったり。
 それ以上にすごいのは、前述の通り外見だけでなく、まったく違う役にすべてなり切るところだ。「チョコリエッタ」では母と愛犬を亡くしていつも不機嫌な少女、ドラマ「ごめんね青春!」(TBS系)では男子にモテモテで恋愛依存症の女子高生、「テディ・ゴー!」のフリーターは根気がなくバイトが長続きしない軽いキャラだった。そして、今回の「いつかこの恋を~」は地味な田舎娘と来ているが、どの役もイメージがまったくカブらない。引き出しが多いというより、1コ1コの役ごとに別の彼女が出てくる。
 かと言って「頑張って役作りしました」という雰囲気もなく、常に自然に劇中にいる。取材したときに聞いたら「チョコリエッタ」で坊主頭にしたのも、「女優魂で切った」感じではなく、「髪が痛んでいたので、ちょうど良かった」というノリだったとか。ブログに「固定いめーじなんていらない」(原文ママ)と書いていたこともあった。
 飄々と様々な役に同化する森川葵。“カメレオン女優”なんて言い方は手垢がついてる気がするので、個人的には“ステルス女優”と呼んでいる。本人自身の印象を消して演技の“威力”だけを仕掛けてくるという意味で。どうでしょう?
 ただ、余計なお世話ながら“売り出し”を考えたら、どうなんだろう? とも思う。認知度アップには、清純派なり何なり路線をある程度絞った方がわかりやすい。森川葵が実際たくさんの作品に出演しているわりに、一般的な知名度がまだ今ひとつなのは、1コ1コの役が別人のように見えるため“森川葵”という存在が浸透してない面があるのでは。
 まあ、そんなことは事務所も織り込み済みだろう。演技力のある若手女優は増えているが、これだけの変幻自在ぶりは大きな武器。時間はかかっても1周回って「あの役もこの役も森川葵だったのか!」となったとき、彼女の真価は改めて評価されるに違いない。もっとも本人はそんなことに関係なく、ただいろいろな役を楽しんでいるようでもあるが。

ライター・旅人 斉藤貴志