アイドルを辞める権利

もし卒業理由が恋愛絡みでもファンは
鈴木香音らのように送り出せるか?

 当サイト「舞台裏のプロフェッショナル」の加藤拓也氏インタビューで「『漂流教室』というドラマで」との話が出て、原稿にする際に表記確認のため検索したら、出演者に“赤咲伶奈”の名前を見つけた。懐かしい! 当時中学生の美少女で、よく取材した。宝塚音楽学校に合格して芸能界を離れたんだっけ……と改めて“赤咲伶奈”で検索すると、“愛加あゆ”との項目に飛んだ。
 宝塚歌劇団ではこの名前で雪組トップ娘役となり、退団後は昨年からワタナベエンターテインメントに所属して女優活動をしている、とあった。今年4月にも人気マンガ原作の舞台「FAIRY TAIL」でヒロインのルーシィを演じていた。写真を見ると、当時の面影も残しつつ、すっかりきれいになっていて。
 たぶん宝塚ファンには有名な存在なのだろう。こちらは疎くて13年間まったく知らなかったが、成功してくれて良かった……と、だいぶ今さらながら思った。

 先月30日のアンジュルムの日本武道館公演で、田村芽実がミュージカル女優を目指すために卒業した。「夢のような毎日をありがとうございました」との言葉を残して。ハロー!プロジェクトからも卒業し、また1から1人で歩いていく。
 最後にインタビューしたとき、「ハロプロにいたこと自体、恵まれていたので。これから1人で辛いことはいっぱいあると思います」と話していた。いつか赤咲伶奈のようにミュージカル女優としての活躍を目にできたらと、願うばかりだ。
 続く31日にも、同じ武道館でモーニング娘。’16の鈴木香音が卒業した。彼女は福祉の道を志し、芸能界からも完全に去る。田村も鈴木も共に17歳。アイドルを続けるならこれからが山場、かつ普通の女の子が進路を考える年齢での決断だった。
 2日続けて卒業コンサートを観て、何とも表現しにくい気持ちになった。寂しいとも「頑張れ」とも重苦しいとも爽やかともつかない、それらの感情が全部グシャグシャになって流れ込むような。特に鞘師里保に続く鈴木の卒業は、個人的には音楽誌でモーニング娘。の連載を担当させてもらっているため、喪失感が大きかった。
 とは言え、本人が決めたこと。両日とも会場は“寂しいけど彼女の夢を応援しよう”とのファンの気持ちが満ち溢れ、とても暖かい卒業コンサートとなった。2人ともステージで「最高に幸せです」と語っていたのは紛れもない実感だろう。
 だが……と、ふと思う。これが仮に恋愛発覚絡みでのグループ離脱だったら、ファンはこんなに暖かく送り出してくれただろうか? そもそも、そうしたケースで大々的な卒コンが行われることはない。モーニング娘。の歴史でも矢口真里や藤本美貴は“脱退”が発表されただけだったし、近年の他グループでも公式HPで形式的に告げられて“終了”となった例は少なくない。その何人かのことも、武道館でぼんやり思い出していた。

 ファンも彼氏を作って辞めていくアイドルを好意的には見にくい。ただ、鈴木や田村のようにアイドルか他の夢かの選択で夢を選ぶのと、アイドルか恋愛かで恋愛を選ぶのは根本的には同じこと。アイドルも1人の人間。自分で自分の道を選ぶ権利は当然ある。
 以前AKB48のドキュメンタリー映画を観て、指原莉乃のスキャンダルのくだりに胸が痛くなった。なぜ彼女が昔の恋愛で苦しまなければいけないのか? 突き詰めればアイドルを苦しめているのは、自分たちファンではないのか? 峯岸みなみや乃木坂46の松村沙友理の悲痛な顔を見たときもそう感じた。アイドルファンが「そんなの別にいいよ」と笑えたなら……。彼女たちは結局グループに留まっているが、中堅ユニットでは一度の“流出”で消えたメンバーもいる。
 ドラマ化された朝井リョウ氏の「武道館」に、幼なじみの男子と関係を持った主人公がグループの他のメンバーに「CDとかグッズとか同じものでもいっぱい買ってくれる人とか、ちょっとでも思い出さなかったの?」となじられ、「思い出したよ。思い出したうえで好きだったんだよ」と心のなかでつぶやく場面がある。現実にHPで短く「○○脱退のお知らせ」と綴られた裏にも、消えたアイドル1人 1人の選択はあったのだろう。
 アイドルファンと言っても、自分など中年で仕事での関わりもあり、さすがにアイドルに疑似恋愛感情はないから、アイドルの恋愛も「いいじゃん」と思えるのかもしれない。実際にCDを何枚も買って握手会に並び、推しのアイドルの存在を心の支えにしていたファンが、そう簡単に割り切れないのもわかる。
 それでもアイドル自身が決めたことは、もう見守るしかないのでは。周りがどう思おうが、彼女の人生は本人のもの。もう1コ、思春期に岡田有希子のことがあった世代としては、「生きてさえいてくれたら、どこで何をしたっていい」とも思うのだが。

 「誰かが卒業するときは寂しい気持ちはあっても、悲しいことはあってはならない」。
 これは以前、SUPER☆GiRLSからスキャンダル絡みでメンバーが脱退したとき、当時のリーダー八坂沙織がブログに切々と綴っていた言葉だ。アイドル側に訴える趣旨だったと思うが、ファン側もアイドルの選択を尊重できなければ悲しくなるだけ。実際、推しが何をしようと応援する覚悟のファンも少なくないだろう。
 だから、たとえ理由は恋愛絡みでも何でも、アイドルが卒業するときには「さよなら」だけは言わせてほしい。小さなイベントスペースでいい。「裏切られた」などと言わず、一瞬でも夢を与えてくれたアイドルを見送りたいファンはいるから。武道館で田村芽実や鈴木香音が味わった幸福感の何分の一かでも、最後ぐらいはすべてのアイドルに噛みしめてほしい。
 
 

ライター・旅人 斉藤貴志