広瀬すずが「怒り」で見せた実力派女優へのポテンシャル

青春映画のヒロインが続くなか
違和感のあったキャスティング

 昨年、日本アカデミー賞最優秀作品賞などを受賞した「海街diary」。ブレイク前にキャスティングされていた広瀬すずの初々しい演技も好評だったが、話の本筋と関係ない数10秒の彼女のシーンが一部で絶賛された。
 男子に混じってサッカーをする場面。速いドリブルからフェイントを使ってディフェンスをかわし、キラーパスを出す。「男子よりうまい」「体重移動だけで抜き去るとは」「メッシかよ」といったツイートが相次いだ。
 広瀬自身はバスケをやっていて、本格的なサッカー経験はないようだが、身体能力が人並み以上に高いのだろう。来年公開の主演映画「チア☆ダン~女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話~」でも、どんなチアダンスを見せてくれるか期待が高まる。
 今年も「ちはやふる」の「上の句」「下の句」、公開中の「四月は君の嘘」と主演作が相次ぎ、リアル10代で青春映画を飾れるヒロインとして独走。そんな広瀬すずのプロフィールのなかでポツンと違う色を成すのが、「四月は君の嘘」とほぼ同時期に公開された「怒り」だ。
 八王子で起きた夫婦殺人事件。顔を整形して逃亡を続ける犯人。指名手配から1年後、千葉、東京、沖縄に素性の知れない3人の男が現れる。愛した人は殺人犯なのか……。“信じる”ことを問う重厚なヒューマン・ミステリーで、吉田修一原作×李相日監督という「悪人」に続くタッグ。そして、キャストがすごい。
 主演格に渡辺謙。犯人かもしれない3人に森山未來、松山ケンイチ、綾野剛。彼らと密に関わる役で広瀬すず、宮﨑あおい、妻夫木聡。ちょっとした脇役にも池脇千鶴や高畑充希らを配し、名だたる実力派揃いだ。その並びのなかに広瀬の名前があるのに、最初は違和感を否めなかった。
 広瀬も「海街diary」で各種新人賞を総ナメするなど、演技は評価されている。ただ現状、それは青春映画の範ちゅうでのもの。10代特有のキラキラした輝きも込みでの高得点というか。だが、陰鬱なトーンの「怒り」で求められるのはそこではない。彼女が演じた小宮山泉は沖縄で森山未來と絡む役だが、同級生役で同等のポジションを担う新人の佐久本宝も、演技は上手いがキラキラ美少年ではなかった。
 しかし、広瀬はこの役を自ら熱望してオーディションで勝ち取ったそうだ。今の彼女ならオーディションなど受けなくても、オファーはいくらでも来ていると思うが。現場では、演技に厳しい李監督に相当シゴかれたという。撮影初日は何10回と同じ芝居を繰り返した挙げ句、OKをもらえずカメラが回されなかったことも明かしている。
 
 

大人の観客の胸も打った熱演
18歳で難役に挑んだ背景は…

 「怒り」を観ると、広瀬は“普通”に劇中にいた。男で失敗した母親と2人、沖縄の離島に引っ越してきた高校生を屈託なく自然に演じていて。どう見てもかわいいのは当然だが、森山ら演技派のなかでも“アイドルが一人紛れ込んだ”ような温度差はまったくなった。
 そして原作通り、泉が那覇で米兵に性的暴行を受けるシーンも。痛ましくて直視しづらくもあったが、それだけ広瀬の醸した、心が切り裂かれる痛み、絶望感がリアルだったということだろう。同級生に見せた慟哭。ラストのやり場のない感情を叩きつけるような叫び。青春映画では発露しなかったものを、主演ではないこの映画で見せられ、胸を締め付けられる思いがした。大半を占めた大人の観客の心も震わせる、魂の熱演だった。
 そう言えば先日、ホリプロタレントスカウトキャラバンで史上最年少の小学6年生がグランプリとなり、実行委員長と話した際のこと。委員長が高畑充希のマネージャーだったことを踏まえ、「アイドル女優というより実力派に育てていく?」と聞いたところ、「でも、広瀬すずちゃんだってアイドルだけど『怒り』を観ると演技もすごく上手いし」と話していた。プロの目からも脱帽だったようだ。
 宮沢りえも菅野美穂も満島ひかりも、元はアイドルだった。嫌でも脱皮しなくてはいけない時期は来るから、10代のうちは存分に青春モノでアイドルをやっていればいい、という考え方もある。だが、広瀬すずが18歳にして清純イメージを崩しかねない作品に出てまで、演技力を示さねばならない状況もあった。本人はそこまで考えていないにせよ。
 彼女の姉の広瀬アリスの世代、1994年度の近辺生まれの女優は逸材揃いとされる。川島海荷、二階堂ふみ、土屋太鳳、川口春奈、松岡茉優、相楽樹、早見あかり……。ただ、売れている感が特に強いのは二階堂、土屋、松岡と“演技派”で、アイドルイメージの強い川口や川島は分が悪い(ヴィジュアルで勝る川口らに演技力がないわけではないが)。20歳過ぎくらいの女優なら、以前はアイドル系がまだ優勢だったはず。
 「ヒミズ」「私の男」などに主演した二階堂は尖った路線で行くかと思いきや、青春ラブコメ「オオカミ少女と黒王子」でヒロインを演じたりも。アイドル女優のテリトリーを実力派が奪っているとも言える。朝ドラ「まれ」以降、アイドル色が付いてきた土屋も、元は若手演技派として売り出されていた。
 見た目や佇まいのキラキラ感以上に、腰の据わった演技力を求める風潮は、観る側にも創る側にも強まっているように思う。本物志向というか。今は青春アイドル女優としてダントツの広瀬すずでも、早いうちから純粋な演技力を担保として見せておく必要があった。
 彼女は「怒り」での苦闘をブログにも綴っているが、演技ポテンシャルは十二分に見せた。来年は「チア☆ダン」のほか、「ちはやふる」も続編制作が発表され、またしばらく制服の青春路線に戻るのだろう。しかし、この季節が過ぎても、彼女は大丈夫だ。むしろ実力を示した分、アイドル女優からの脱皮は意外と早まるかもしれない。だからこそ、今しかない広瀬すずのリアルタイムな青春映画も、より貴重なものになってくる。
 
 

ライター・旅人 斉藤貴志