水谷果穂の初ワンマンに見た才能が発掘された幸せ

 
 

美しさはすぐわかるが歌手の芽は?

 
 自分たち芸能ライターは「新人タレントのブレイク予想」みたいな原稿を書かせてもらうときがある。そこで名前を挙げた駆け出しの新人が実際に大ブレイクすることもあるが、別に先見の明があったわけではない。ただ、その子を知っていただけ。スターになる逸材は新人時代からキラキラしているもので、誰が見たって「売れる」と感じるから。
 だけど、そうしたダイヤモンドも、手つかずの素人の頃は石ころと見分けがつかない場合もある。発掘した事務所や業界関係の人の目は、やはりプロ。以前、ある若手美人女優を取材したとき、現場にノーメイクでメガネをかけ、くたびれた服で入ってきたら、本人と気づかなかった。普通以上に地味で、スタッフか誰かかと思った。話を聞くと学校でも目立っていたわけではなく、その現場入りのときと同じ風体で街を歩いていたら、スカウトされたとか。彼女が磨けば光る原石とよくわかったものだと感服した。
 水谷果穂は祖母が送ったオーディションに合格して、この世界に入ったという。あのどう転んでも美しいルックスだ。そりゃ採用するだろう……と思う。でも、彼女の歌の才能はどう見抜いたのか? 本人も「友だちとのカラオケでも恥ずかしくてあまり歌わなかった」というのに……。事務所の人かレコード会社の人か知らないが、よくぞ……という目利き。そして、歌でも人の心を動かす水谷果穂の才能が見出されてなかったら、世の損失だった。そんなことを「Let’s Get Going」と銘打たれた彼女の初のワンマンライブを観ていて考えた。
 
 

透き通る歌声が打ち消した疑問

 
「とと姉ちゃん」や「スニッファー 嗅覚捜査官」といったドラマに出演し、脇にいても目を引いて、女優として将来を嘱望される水谷果穂。歌手デビューすると聞いたときは、正直「なんで?」と思った。
 女優の歌手活動は珍しくはない。深田恭子、綾瀬はるか、新垣結衣、武井咲といったところも過去にCDを出している。ただ、多くはトップランクの女優が知名度も活かしてのこと。水谷果穂は有望とはいえ、現時点でそこまで世間に知られた女優ではなく、ビジネス的なアドバンテージは少ない。かといって、10代だからとアイドル的に売るタイプでもない。大きなお世話ながら「大丈夫なのか?」と、少し心配になった。
 ちなみに、昨夏の事務所の若手女性タレントのイベントで彼女の歌は聴いていたが、そこまで強い印象は残らなかった。それが先見のかけらもない自分のボンクラさゆえと知ったのは、デビュー曲「青い涙」を聴いたとき。透き通るような美しい声。サビに入るファルセットになるか・ならないかの高音に胸がキュッとなる。深々と染みてくる情感……。もともと声の良さを買われたそうだが、ダンス系やBPMの速い曲がシーンの主流ななか、デビュー曲からしっとりしたバラードというのも新鮮だった。
 結局、水谷果穂のCDデビューは女優活動とは別に、イチ歌手として推されてのものだったのだろう。「青い涙」は本人主演のWEBムービーの主題歌になったが……。このデビューシングルはセールス的にも、オリコンで週間6位と予想以上の好結果を出した。この時世にソロ歌手のデビュー曲では大健闘。元からの彼女のファン以外に、単純に曲が良いと思って買った人も少なからずいたはずだ。それでも、カップリングを含めた2曲は彼女の歌手としてのポテンシャルの一端に過ぎなかったと、shibuya duo MUSIC EXCHANGEで思い知ることになる。
 
 

波のような安らぎに心を浄化されて

 
 初ワンマンのステージに現れた水谷果穂は白ずくめの衣裳で、ノースリーブにショートパンツ。フルバンドをバックに、アンコールを含めて全13曲を歌った。シングル曲と初のカバー「心を開いて」(ZARD)以外の10曲は、すべて未発表の新曲。ほとんどがミディアムやバラードなど、ゆったりしたものだった。
 夏の甘酸っぱい思い出を呼び起こす「スプラウト」、初々しい恋心がきらめく「ちいさなラブレター」、大人になる手前のジュブナイル感が漂う「つぼみの夢」……。彼女の歌を続けて聴いていると、波に身を委ねるような安らぎを感じた。ノスタルジックな曲がハマるが、「映画のようなストーリーで大好きな曲」と語った「サヨナラの意味」は少し大人な別れの歌で、サビは熱を帯びていた。
 MCや質問コーナーでは飾らない素を出し、おっとりと「50年後はかき氷がおいしくて近所で有名なおばあちゃんになります」「たぬきは好きです。地元の浜松では通学路によくいました」などとトーク。そんななか、エッグマンで初めてライブで歌ったときの気持ちを問われると、「終わってからよくわからない涙が出て、なんでか考えたら、悔しくて泣いていたんです」という話もあった。
 前述の通り、1年前に事務所イベントで聴いた彼女の歌が個人的に刺さらなかったのは、自分の耳がボンクラだったからに他ならない。だが一方、彼女にインタビューさせてもらうと「ボイストレーニングをしてキーが2コくらい上がって声が出るようになった」といった話を聞けた。1年の成果で、聴く者の心を揺らすようになった面もあるのだろう。だからこそ、まだ本人が歌に馴染んでない段階で、その才能を見出したスタッフの誰かはすごいと思うのだ。
 その1年前のイベントで歌ったバラード「朝が来るまで夢を見て」は、「レッスン室で初めて聴いて、その頃はいろいろうまくいかなくて疲れちゃって、聴いていたら急に泣けてきました。そこから私の音楽が始まりました」と話して歌い出した。繰り返す毎日に立ち向かう静かな力強さに説得力があり、今度はボンクラも胸がジンワリ熱くなった。
 終盤には「ここから楽しい歌を歌っていきますので」と、「ナナイロ」や「気まぐれ王子様」を手振りやステップも交えて披露していく。それでもミディアムテンポだが、彼女の歌声のきれいさ、まろやかさが際立って、ほっこりした気分になった。
「新しいことがたくさんで、いっぱいいっぱいになるときもあるけど、ライブに来てくださった皆さんが支えになって、『頑張ろう』と思えたり……」。
 涙まじりになりながら「すごく言いたいことがあったんだけど……何だっけ?」と笑わせもしたMCのあとで、デビュー曲「青い涙」。そして、ラストは「明日への扉」。シングルにはなかった芯のある伸びやかな歌声も聴けた。アンコールの「空想トレイン」はアップテンポで、さわやかな笑顔を見せて歌い、最後まで心地良いライブだった。
「明日への扉」の前に水谷果穂は「最後は悔いがないように盛り上がって、悲しいものは全部ポイッと地面に捨てて、浄化されながら帰ってください」と言った。「浄化」とは何気なく発した言葉かもしれないが、彼女の歌の本質のような気もする。澄み切った歌声に心が洗われるシンガー・水谷果穂。他の誰かには歌えない世界がある。たぶん女優だけやっていても輝ける彼女から、見過ごされていたかもしれない別の輝きが発掘されたのは、本人にも聴衆にも幸せなことだったと思う。
 
 

 

 

 

 
写真は「水谷果穂ワンマンライブ~Let’s Get Going~」(2017.8.11/shibuya duo MUSIC EXCHANGE)より
 

ライター・旅人 斉藤貴志