舞台裏のプロフェッショナル 「悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46」丸山健志監督

舞台裏のプロフェッショナル 「悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46」丸山健志監督

PHOTO=古賀良郎 INTERVIEW=犬飼華

舞台裏に飛び交うそれぞれの想いを表現

――公開から4か月ほど経過しましたが、反響のほうはいかがですか?
丸山「友達や親といった近しい人に聞くと、『アイドルのことも乃木坂46のことも知らなかったけど、普通に感動した』と言ってもらえましたが、監督を目の前にして否定はできないでしょうからね(笑)。とはいえ、そういった声が多かったので、それは嬉しかったですね。ただ、ファンの方の反応はどういうものになるのかな、と。本来、アイドルの裏の部分って知らなくてもいいことだったりしますから。ファンの方の声はあまり耳に入っていないんですけど、どうだったんですかね?」。


――乃木坂46ファンでもある井上編集長は、「生駒里奈さんの見方が劇的に変わった」と言っていましたね。「最初の『16人のプリンシパル』(2012年)の舞台裏で、まさか松村沙友理さんと口論になっていたなんて知らなかったし、初めてセンターじゃなくなった時に飛び回るほどの開放感を感じていたのか」と。
丸山「その箇所は仕事の裏側としての記録ですから、ある意味〝ON〟の状態ですよね。なので、乃木坂46の裏側を描く意味で必要素材だと思うんです。ただ、〝ON〟ではない状態、つまり生駒が小学校時代にイジめられていたとか、白石(麻衣)が不登校だったとか、西野(七瀬)はコミュニケーションが苦手だとか。そういったプライベートな部分を描くことがファンの方にとって果たしていいことなんだろうか、と。そこを出してしまうことに、ある種の怖さはありました」。

――ただ、そこを描かないと乃木坂46を描いたことにならないという気もしますね。
丸山「僕は『君の名は希望DANCE&LIP ver.』撮らせていただきましたが、その時に感じたのは、『このコたちはなんて危うい魅力を持っているんだろう』ということでした。同時に、『彼女たちがこの歌詞の世界の主人公なんじゃないか』とも感じました。そう感じてしまうということは、このコたちは何かを持っているのだろう、と。その想像は実際に当たっていたことになりますが、そんな想像をさせるのが乃木坂46の魅力なのかなと思っていました。その後、ドキュメンタリー映画を撮影することになったので、だったら、そこに向き合ってみようと思ったんです。

――メンバーを5人(生駒、西野、白石、生田絵梨花、橋本奈々未)に絞りましたね。
丸山「そうですね。僕の中では、アイドルというよりも、ひとりの人間に向き合おうというスタンスの映画にしたかった。そこで、全メンバーをひとりずつ描いていくと収拾がつかなくなってしまいます。乃木坂46はもちろん全員で作り上げてきたグループだとは思うんですが、乃木坂46の色がより浮かび上がってくるメンバーを中心に取材させていただきました。逆にいえば、この5人を深く描かないと乃木坂46が浮かび上がらないと思ったんです」。

――インタビューもかなりされたと思いますが、乃木坂46のメンバーはすぐに本音が返ってくるコばかりではありませんよね。

丸山「それはメンバーによって、ですね。生駒に関していえば、いじめの事実は知らず取材を開始したんですが、初耳なことばかりでカメラを回しながら、『え!?』っと驚くことばかりでした。彼女はこの映画にしっかり向き合ってくれて、すべてをさらけ出そうとしてくれました。白石はさらけ出すことが好きではないコですが、今まで両親に苦労をかけてきたから、もう悲しませたくない、と。中学時代に不登校になって、学校に居場所がなくなり、そして今、乃木坂46という居場所を見つけた。お母さんはそのことを本当に喜んでいます。そうやってお母さんを安心させたいという思いが、白石の本音なんだと思います。一番大きかったのは、実家に行くということでした。彼女たちの心がニュートラルになれる場所で話を聞く。そうすると、返ってくる話は違ったものになります。より心が開いたものになるんですね。そこは意識して撮影していました」。


ナレーション〝母の言葉〟
娘を愛しているが故の苦悩

――メンバーのお母さんに話を聞いて、ナレーションを入れていましたよね。新たな視点が生まれて新鮮でした。
丸山「全員が印象に残っています。みなさん、娘さんのことを愛しているわけですから、東京で何が起きているのか、と心配しているわけです。たとえば、選抜発表の様子はテレビで放送されるわけですから、娘が泣いている姿を見れば、それはいたたまれない気持ちになる。その愛情が美しかったです。何も飾らずに話してくださったので、人間として共感するものがありました」。

――娘としても、愛してもらっているから相談相手としてお母さんを選ぶんでしょうね。
丸山「そうですね。一番の理解者はお母さんだというメンバーがほとんどでした。だったら、お母さんにもお話をうかがおう、と。もうひとつの視点によって深みが出たかなと思います」。

――この作品の面白さのひとつとして、当時の乃木坂46の活動を見ていて、疑問に感じていたことの答え合わせができたという点も挙げられると思います。
丸山「あー、わかります」。


――たとえば、最初の「16人のプリンシパル」がそうです。女優を目指しているわけでもないコたちがどうして舞台に挑戦するのだろうか。また、なぜ1分間の自己PRをしなければいけなかったのか。それが映画を観ているうちに理解できました。
丸山「AKB48の選抜総選挙じゃないですけど、最初の『プリンシパル』は人間的にすべてさらけ出さないといけなかったんですよね」。

――自己PRを観客に観てもらい、投票によって配役が決まるというシステムを採っていました。
丸山「そうでした。自己PRを連日やることによって、自分自身を表現する。メンバーも『プリンシパル』が始まる前はそんなことを想像していなかったと思うんです。だけど『これは自分としっかり向き合わないといけないんじゃないか』と思うようになってくる。その結果、『プリンシパル』の後半は名言だらけになりました。編集中もあの自己アピール集はずっと見ていられました。衝撃を受けましたから」。

――自分と向き合って、内面にある壁を乗り越えないと、これからステージに立てないぞ、と。そんな大人たちのメッセージを感じたんですよね。そこに「プリンシパル」の意味があったんだと気づきました。
丸山「そうですね。『プリンシパル』でいえば、生駒と松村(沙友理)が言い合う場面があります。あれを見た時は本当にビックリしました。スタッフさんから何の説明もないまま渡された映像群に入っていたんです。メンバーも限界だったんでしょう。松村は『学生に戻ればよかった』というようなことを言います。生駒は『そんな悲しいこと言わないでよ』と返します。生駒はいわば漫画の主人公ですよね。すごく対照的でした」。

――前を向いている生駒さんと、松村さんの姿が真逆に見えました。
丸山「あのシーンが気になったので、もっと掘り下げてみたくなりました。生駒は自己PRで『変わりたい、変わりたい』と何度も叫んでいました。じゃあ、何を変わろうとしているのか。特に生駒は、描きたくなるきっかけを何度もくれました。感情が炸裂している場面がいくつもありましたから」。

――センターから解放されたシーンもそうですね。
丸山「そうですね。京都の握手会で倒れはしましたが、その後、会場の外に出て、両手を広げながらくるくる回りだす。解放感をピュアに表現していました」。

――他に感情のぶつかり合いが出ている場面はありませんでしたか?
丸山「目に見える形でぶつかり合っているところはありませんでした。だけど、たとえば生駒がAKB48と兼任することをメンバーに伝えるシーンがありますが、兼任することに肯定的なメンバーは少ないわけですよね。公式ライバルとして誕生したわけですから、メンバーもすぐに理解できるはずがないんです。生駒がAKB48で勉強してきたいという意見も間違っていないし、メンバーが複雑に思う感情もまた正しいですよね。ただ、気持ち的にはすぐに分かり合えたわけではなかったな、と」。


――それは、生駒さんがぽつんと体育座りをしているシーンで伝わってきました。話題を変えますが、今年の夏の全国ツアーで、「乃木坂46らしさとは?」というテーマの映像を監督は作りましたよね。
丸山「はい。ただ、あれは僕発信というわけではなく、『ここは乃木坂46らしい曲のブロックにしよう』というライブチームの意図があったので。

――なるほど。ただ、ドキュメンタリー映画を観た後で、「乃木坂46らしさ」をテーマとして考えざるを得なくなりました。
丸山「乃木坂46らしさというものは、それぞれによって違うでしょうね。その答えはこれからも変わっていくでしょうし。上品で清楚で、だけどちょっと影がある……というイメージはありますけど、一概には言えないんです」。

乃木坂46の象徴は「君の名は希望」にあり

――ひとつ言えるのは、乃木坂46らしさは歌詞によって表現されているということです。
丸山「そうなんです。前半でも言いましたが、『君の名は希望』の主人公が乃木坂46を象徴していると思うんです。学校でイジめられて、透明人間だと言われていたけど、誰かに認められて、立ち上がるという。ただ、それも初期における乃木坂46の定義かもしれません」。

――2時間のドキュメンタリー映画の中で、一か所だけメンバーが乃木坂46らしさに触れた場面があったんです。
丸山「おっ、どこですか?」。

――キャプテン(桜井玲香)が「マイナスなことを変えよう変えようとつねに思えてるコたち」と歩きながら話す場面がありました。
丸山「そうですね。あれは今年の初頭に撮影しました。僕も編集作業をしていて、唯一『言い当てているな』と思ったんです。だから、映画の後半に置きました。客観的な意見をどこかに入れたかったんです。その後に、(兼任していた)松井玲奈による客観的な意見をもうひとつ入れました」。

――映画は2015年のことまで収録されていますが、どこか「メンバーが変わったな」という印象を受けます。映画のトーンも変化したような……。
丸山「2月の西武ドームでのコンサートの裏に僕も張りついていたんですが、ものすごく一致団結しているんですよ。リハーサルからして意識が高かったです。やはり、前年の神宮球場でのコンサートが本人たちにとっては不本意だったんです。神宮の記憶を取り戻したい一心だったのでしょうね。乃木坂46は2015年から明らかに変わりました。映画の中で、2015年はチーム感を表現しているんです。乃木坂46は完全に違う次元に突入しました。それぞれがモデル活動を始めたり、舞台に立ったりして、外の活動を始めたことによって、『私が乃木坂46を広めてくるんだ』という、それぞれの意識が強くなったのかもしれません」。


――その団結力は、今年の夏、二度目の神宮でも感じましたか?
丸山「ありましたね。誰かが言っていましたが、『今回のツアーはイケる』と。ツアーの前からそんな自信を持って、臨んでいました。キャプテンも俯瞰して見ることができるようになっていました。みんな、えらい変わりようだなと思いましたね。2016年が楽しみになりましたから。映画のパンフレットでもお話ししましたけど、この映画はこれからの乃木坂46にとって、壮大なプロローグだと思うんです。メンバーが悲しみを忘れた後、どんな未来が待っているのか、楽しみで仕方ありませんね。彼女たちはこれからが本番なんです」。

――そうですね。最後になりますが、この映画を観て確実に言えることは、乃木坂46がより好きになったということです。
丸山「あー、そういう感想が一番嬉しいかもしれないです。僕自身も乃木坂46、あるいは各メンバーの見方がだいぶ変わりましたから。制作期間中はメンバーのことしか考えていませんでした。他の仕事もあるけど、なかなか頭がシフトできないという(笑)。僕としてもこの作品に向き合えてよかったです。好きという感情を飛び越えて、乃木坂46がライフワークになってしまいましたね」。



丸山健志(まるやま・たけし)
生年月日:1980年
出身地:石川県
血液型:-

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映画監督・映像ディレクター。早稲田大学国際情報通信研究科卒業後、2004年に発表した「エスカルゴ」でぴあフィルムフェスティバル2005入賞、第6回TAMA NEW WAVE審査員特別賞。KRK PRODUCE所属を経て、2014年7月よりフリーランスに。「CHOOSE ME!」(2010年)以降、AKB48グループの多数の楽曲のミュージック・ビデオの監督を務めている。乃木坂46でも1stから10thまで10作連続でシングル収録曲のいずれかを担当。そして2015年7月に公開された「悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46」の監督・編集を務める。11月18日(水)に同作品のDVD&Blulayが発売される。

詳しい情報は乃木坂46公式HP